BOOK REVIEW 270 山本文緒『群青の夜の羽毛布』
![]() | 群青の夜の羽毛布 山本 文緒 文藝春秋 2006-05-10 [文春文庫 や-35-2] by G-Tools |
古今東西いつの時代も"家族の絆"は社会の根幹を支える大切なものだった。
生死を彷徨う病気を患ったり億単位の借金を背負ってしまった場合、
どんなに仲の良い親友よりも血を分かち合った家族のほうが親身になってくれる。
民法にも家族間の扶養義務はあると銘記されているし(民§877)、
道義的にも家族の絆を放棄することは許容されないはずだ。
では絆が繋がってさえいればそれで良いのだろうか。
例えば神経症的傾向を持つ親が子どもへ絶え間なく過干渉し、
結果として子どもの精神が不安定になってしまったら絆という美談では済まされない。
現実を見渡してみてもそういったいわゆる"仮面家族"は決して珍しくなく、
安住の地であるはずの家庭がストレスフルな場と化す悲劇が今日もどこかで起こっている。
「それも愛情表現の一つだよ」「我が子を大事にしない親なんていない」
などという情念的な言葉で思考停止してしまっては現代社会の病巣を見過ごしてしまうだけでなく、
延いては社会全体の公益を損なう事態にも陥りかねない。
今回ご紹介する物語に登場する家族は遠目から見る限り何の問題も抱えていないように見える。
確かに母親は昭和の時代を彷彿させるような厳格さを兼ね備えているが、
娘2人は別にぐれているわけでもないし、毎日一緒に食卓で顔を揃えている。
姉のさとるは大学を中退して以来特に何も仕事をしていない生活を送っていたものの、
スーパーで知り合った大学生の鉄男と交際しており、自宅でのデートも何度か重ねていた。
ガールフレンドの実家へ足を運んだからには鉄男も当然親に挨拶することになるわけだが、
ちょっと厳しい母親かなと思った以外は鉄男自身も家庭環境にそれほど疑問を抱くことはなかった。
惨劇というのは漢方薬のようにじわりじわりと運命を浸食していく。
これ以降、鉄男は魔性の家族が崩壊していく有様をショーのように見せつけられることになる。
妹のみつるからさとるの信じられない本性を聞かされたり、
ある話題に触れた途端にさとるが突然パニックを起こしたり、
母親が信じられない行動を起こしてさとるとの恋仲を引き裂こうとしたり...
また物語のキーポイントとなるのが各章の最初に書かれた登場人物の誰かによる独白だ。
読んでみると精神科でカウンセリングを受けている様子が描き出されているのだが、
一体誰によるものなのかが不明で、足の裏に付いたご飯粒のような感覚に苛まれる。
そして"超"が何度も付くほど衝撃的な事実を私たちは後半に突き付けられることになり...
一言断っておくが、見た目とは裏腹にかなりドロドロとした内容である。
タイトルと装丁だけ見るとロマンティックな物語なのかなとも勝手に想像を巡らせたりするのだが、
救いようのないほど精神的に病んでいる内容で、最後のシーンは深く考えさせられる。
さとるは母親の影響で人付き合いの苦手な女の子に育ってしまった。
他人との距離感を上手く掴めないし、安心できる瞬間は男に抱かれている時のみだ。
こんな自分にした母親をもっと憎んだっていいじゃないかとも思えるが、
親を憎むのは社会様が拵えた規範という名のレールに著しく抵触することになるし、
曲がりなりにも自分を愛してくれる母親に対して口が裂けても悪口なんて言えない。
そんなさとるの姿はとても痛々しいけれども、彼女は"女の子"としての魅力に恵まれていた。
情緒不安定なさとるに鉄男が惚れたのも女の子らしい一面が狂わしいほど愛しいからであり、
この恋愛感情が触媒となって家族の闇はますます炎色反応を激しくしていく。
ひょっとしたらいつも笑っている隣の家族がこの物語のような状態なのかもしれない。
現代の家族事情を紐解く上でぜひ読んでおきたい一冊。
2010年3月 9日 23:10 | カテゴリー: や | コメント(0) | トラックバック(0)













